グローバル視点で経済動向を読み解く
トップエコノミストが分析する
九州経済の将来性
桂畑 誠治 株式会社第一生命経済研究所
経済調査部 主任エコノミスト

「九州経済とインバウンドニーズ」をテーマに、IR NAVI福証の特集執筆を引き受けたが、2016年4月14日に発生した熊本地震による九州地域の被害は甚大であり、早期の復旧・復興が望まれる。この震災の影響で、当初の企画通りに原稿を上梓できるか不安もあったが、九州経済の底堅さを背景に、さまざまな施策が検討・実施されており、観光需要を中心としたインバウンドニーズもあり、九州地域における経済成長は確実に拡大すると捉えている。(2016年7月現在)

日本経済の現状は、緩やかな回復基調にとどまっているうえ、脆弱さが残っている。個人消費は、雇用情勢の改善にもかかわらず消費者マインドに足踏みがみられ、概ね横這いにとどまり、消費税率の引上げ後の低迷が持続している。設備投資は、足元で持ち直しの動きがみられるものの、企業の業況判断がピークアウトしているほか、日本経済の期待成長率の低下等によって伸び悩んでいる。輸出は、日本の主要な輸出先である中国やアジア各国の経済成長の鈍化、円高等を背景に概ね横這いで推移している。このような中で、生産は一進一退で、一部に持ち直しの動きがでている。また、企業収益は高い水準にあるものの、改善ペースに陰りがみられる。消費者物価は再び下落しており、デフレリスクが高まっている。

こうした中で九州地域の景気は、一部に弱さがみられるものの緩やかな回復基調を続けている。雇用情勢は着実に改善しているが、財布の紐は固く個人消費は弱含んでいる。鉱工業生産は1~3月期に、輸送機械が部品供給の障害による工場停止等により減少した一方で、電子部品・デバイスは、国内向けのテレビチューナーの増加で半導体集積回路が堅調だったことから増加したため、全国平均を上回る水準で安定していた。しかし、足元では熊本地震の影響により下振れている。

短期的には、日本では雇用・所得環境の改善が鈍くなるものの、各種政策の効果もあって、緩やかな回復に向かうことが予想される。ただし、ブレグジット(イギリスのEU離脱)による世界的な金融市場の混乱などのほか、中国をはじめとするアジア新興国や資源国等の景気の下振れによって、日本経済が下押しされるリスクがある。

政策面では、再びデフレに陥ることを回避するために、財政健全化よりも景気や経済再生を重視し、消費税率10%への引上げが2019年10月まで延期された。また、政府は2015年度補正予算を迅速かつ着実に実施するとともに、2016年度予算はできる限り上半期に前倒して実施する方針を示している。さらにこれらを活用し、熊本地震による被災者の生活への支援、地域経済の早期回復や産業復旧に取組むとしており、九州経済は観光客の増加、復興需要などにより日本全体を上回って成長する可能性が高い。

短期的な景気低迷であれば、金融・財政政策で景気を一時的に支えることは可能だが、金融・財政政策によって人口減少による需要の縮小を中長期にわたって防ぐことはできない。人口減少は地方のほうが都市部よりも大幅なものになるとみられることから、地域経済の落込みが大きくなりやすい。日本は、2008年をピークに人口が減少している。国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(2013年3月推計)」によると、2040年に2010年対比▲16.2%減少と推計されている。地方の減少幅は大きく、特に九州では、福岡県(▲14%)以外の佐賀県(▲20%)、長崎県(▲27%)、熊本県(▲19%)、大分県(▲20%)、宮崎県(▲21%)、鹿児島県(▲23%)の6県が全国平均の減少幅を上回っており、現状のままでは成長率の下振れは、他の地域よりも大きくなる恐れがある。このため、観光振興による地域づくりが重要な政策課題となっている。

人口減少による需要縮小などのマイナスのインパクトを緩和するために、訪日外国人観光客による「インバウンド消費」の取込みは、九州を含む日本全体で重要なテーマである。人口の減少が続くことで、国内居住者による消費の伸びが期待できず、それを補うために海外からの旅行者など海外居住者による日本国内での「インバウンド消費」需要に期待が高まっている。

まず、日本の旅行・観光競争力をみると、これを数値で示している旅行・観光競争力指数(TTCI)2015で日本の旅行・観光競争力の順位は、既に世界第9位(114カ国中)、アジアでは第1位と高い。日本は、文化資源の豊かさ、インフラの充実、ネット環境の整備などデジタル経済化が評価された。世界のトップ10には、日本以外では観光大国として知られるスペイン、フランス、ドイツ、米国、英国、スイス、オーストラリア、イタリア、カナダが入った。他のアジア諸国では、シンガポール(11位)、中国(17位)、マレーシア(25位)、タイ(35位)、インドネシア(50位)など8カ国が50位以内に入るなど、アジア各国は競争力を高めている。東アジア、東南アジアで相互に旅行者が増加する形で、観光競争は激しくなっている。

旅行・観光力の高い日本のインバウンドの現状をみると、政府観光局調査で訪日外国人客数は2015年に1,973万人と前年比で+47.1%増加した。最新の2016年6月は198.6万人、前年同月比+23.9%と、5月に熊本地震の影響で韓国からの旅行客が一時的に減少したため伸びが鈍 化したが、回復した。1~6月累計では、1,171.4万人、前年同期比+28.2%と増加基調を辿っている。ビジット・ジャパン・キャンペーン、ビザ 緩和、新興国の人口増加や所得の増加による旅行需要の拡大、1ドル70円台から120円台への大幅な円安、LCC(格安航空会社)の国際線就航増加、クルーズ船の寄港増加等を背景に、訪日観光客は着実に増加している。特に、12年以降の大幅な円安によって、増加ペースを速めた。

クルーズ船で日本に訪れる人(訪日旅客数)は、2015年に111.6万人と増加している。外国船社が運航するクルーズ船の日本の港湾への寄港回数は、中国からのクルーズ船の寄港増加などから、2015年に過去最高の965回となった。港湾別では、第1位の博多港が245回(前年99回)、第2位の長崎港が128回(前年70回)、第3位の那覇港が105回(前年68回)と九州地域が強く、クルーズ船の寄港を活かし、インバウンド需要を取込み、経済を活性化させている。

また、国際会議の誘致の増加も訪日外国人の数を押上げている。国際会議協会(ICCA)が発表した2015年の国際会議開催統計では、世界で開催された国際会議は12,076件(前年比+271件)と過去最高となった。そのうち日本での開催は355件(前年比+18件)と世界全体で第7位、アジア・オセアニア・中東地域では第1位となった。日本の都市では、東京(世界28位、80件)、京都(世界57位、45件)、ついで大幅に増加した福岡(世界85位、30件)、大阪(115位23件)、横浜(117位、22件)と国際会議の誘致を積極的に進めている。

これら訪日旅行者の消費額は、免税対象品目の拡大、円安等を背景に15年に前年比+71.5%増加し、3兆4,771億円に達した消費税免税店(輸出物品販売場、2016年4月1日時点)数は、全国で35,202店と、半年間で6,155店増加した。免税店の内訳は、三大都市圏で21,693店、三大都市圏を除く地方で13,509店(前年比2,372店増)、増加率は三大都市圏(+121.1%)、地方(+121.3%)ともに高い伸びとなっている。

インバウンド需要は、地域性が強いため、国内地域間での競争のほか、世界の各都市・地域・国との激しい競争に晒されている。そのような中で訪日外国人の増加、旅行目的の多様化等を受け、旅行者の多様なニーズに柔軟かつ的確な対応を行うことが求められている。この競争に勝利するためには、各地域の特性を活かす主要業績評価指標を設定し、定量的で客観的なデータ分析に基づく戦略的なマーケティングを行い、PDCAサイクル(Plan計画→Do実行→Check評価→Act改善)によって地域ごとの観光産業を効果的に強化する日本版DMO(DestinationManagement/MarketingOrganization)が必要だろう。

政府が策定した「観光ビジョン実現プログラム2016」(観光ビジョンの実現に向けたアクション・プログラム2016)には、インバウンド需要を押上げるために必要とされる施策が概ね含まれている。まず、観光資源の魅力を高め、「地方創生」の礎にする施策として、魅力ある公的施設・インフラの大胆な公開・開放、文化財の観光資源利用、国立公園のブランド化、観光資産の保全・活用、滞在型農山漁村の確立・形成、伝統工芸品等の消費拡大、広域観光周遊ルートの世界水準への改善などがあげられている。次に、観光産業の改革を進め、国際競争力を高め、日本の基幹産業にするための政策として、観光関係の規制・制度の見直し、民泊サービスへの対応、観光経営人材の育成・強化、宿泊施設不足の早急な解消、多様なニーズに合わせた宿泊施設の提供、観光地再生・活性化ファンドの継続、次世代の観光立国実現のための財源の検討、訪日プロモーションの戦略的高度化、インバウンド観光促進のための多様な対外発信強化、MICE誘致の促進、ビザの戦略的緩和、訪日教育旅行の活性化、観光教育の充実、若者のアウトバウンド活性化を目指す。さらに、インフラ面では、最先端技術を活用した出入国審査等、キャッシュレス環境、通信環境の向上、一人歩きできる環境、多言語での情報発信、急患等にも対応できる外国人患者受入体制、地方創生回廊の完備、地方空港のゲートウェイ機能強化とLCC就航促進、クルーズ船受入の更なる拡充、公共交通利用環境の革新等があげられた。

以上の政策を推進することで、日本の観光国としての地位向上、インバウンドを含む観光産業の高い伸びが期待できよう。日本で開催される大きなイベントでは、2019年ラグビー・ワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが予定されていることもあり、ホテルの建設、交通機関の整備など各地で受け入れ基盤が強化されると見込まれる。また、国連世界観光機関(UNWTO)によると、国際観光客到着件数は2030年に約30億人(2010年9.4億人)に達すると試算されている。インバウンドインフラの整備によって、これらの旅行客を取込むこともできよう。

このような環境のもとで、日本全体としてインバウンド需要の拡大は期待できる。中でも、熊本地震で熊本県・大分県内の旅館・ホテルの施設・設備への直接的被害のみならず、九州全域でのキャンセルの発生による間接損害が多数発生したことを受け、九州の観光復興をいち早く遂げることを目的に、政府が「九州の観光復興に向けての総合支援プログラム」を策定したため、九州地域は高い伸びが予想される。

「九州の観光復興に向けての総合支援プログラム」の主な項目は、1)当面の経営を資金的に支え、観光客の受入を再開・継続するための取組みを応急的に実施、2)九州の観光業にとって重要な時期である夏休みの旅行需要を速やかに回復させるとともに、秋以降の国内観光・インバウンド観光需要の創出に向けた取組みを強力に展開し、国内外からの旅行需要の創出のため当面の観光需要回復に向けた短期的な対応の実施、3)日本政府観光局を中心に大規模な海外誘客プロモーションを展開するとともに、九州地方の魅力的な地域産品等を海外に発信、4) 中長期的に被災した観光施設等の景観の向上や安全面向上等の取組みを推進、となっている。

中でも、国内外からの旅行者を対象にした「九州観光支援のための割引付旅行プラン助成制度」によって、価格面で九州旅行のインセンティブが高められている。また、九州の観光・地域産品等の魅力の情報発信の強化(海外の有力メディアや影響力のあるブロガー等による九州の観光地の正確な現状や観光、地域産品等の魅力の発信、テレビ・新聞・雑誌・オンラインメディア等で広告を展開、外国人のSNS上の口コミ情報等の分析など)により、新たな旅行客需要の掘起こしに繋がり、インバウンドを含む九州への観光需要を短期的に大きく押上げると予想される。

また、「国立公園満喫プロジェクト」で選ばれた8公園に、九州地域では阿蘇くじゅう国立公園(熊本・大分)、霧島錦江湾国立公園(宮崎・鹿児島)の2ヵ所が入った。これにより国からの財政支援を受け、リゾートホテルの誘致、長期滞在型の自然体験ツアーの充実などが集中的に進められ、中期的なインバウンド需要は高まると思われる。

以上のような様々なインバウンド支援策や総合支援プログラムの実施により、九州でのインバウンドインフラの整備が加速すると同時に、情報発信が飛躍的に増加することで、九州地域のインバウンド需要は大きく押上げられるとみられ、他の地域を上回るインバウンド消費の伸びが期待できる。

将来の九州地域の成長率を高めるためには、既存の温泉地など多くの観光名所に加えて、人気がある有名なテーマパークの誘致により長期滞在型のリゾートを開発できれば、安定した観光収入を得られものと思慮する。また、購買地(消費)としての魅力を高めることも重要である。定期的な旅行客の確保に加えて一人当たりの消費額が増加すれば、観光産業の生産性の上昇にも繋がる。さらに、旅行客のニーズの多様化に対応するため、現状の価格を維持する一方で、サービスを充実させた高価格メニューなども充実させる必要があろう。九州は地理的に近い中国、韓国、台湾、香港などからの観光客が多いことから、これらの人が好む商品やパッケージを増やすなどの努力もリピーターの増加に繋がる可能性がある。安定的な旅行客が見込めれば、九州各県にある空港にLCCの誘致を進め易くなり、就航数を増やし、運営の効率化などと併せて利便性やコストパフォーマンスを高められ、そのこと自体がインバウンド需要を押し上げることとなる。これらの対応が実現できれば、中長期にわたり安定的なインバウンド需要の成長が期待できよう。

以上のような利便性の向上やソフト面の充実は、インバウンド需要の約10倍の規模がある国内旅行者の増加にも繋がり、九州経済の成長ペースは日本全体を上回って推移する公算が大きくなるものと考えられる。

熊本県、大分県における既住貸付の返済条件の緩和、返済猶予への柔軟な対応

中小企業等向け貸付や債務保証制度の拡充

従業員の雇用を守る雇用調整助成金における各種特例の実施

熊本県域を対象とした雇用保険の失業給付の特例実施

熊本県、大分県の旅館等の施設や設備の復旧費用に対する助成金の創設

熊国内外からの旅行者を対象に「九州観光支援の割引付旅行プラン助成制度」の創設

観光地域振興の関連事業の重点配分、優先採択、補助率嵩上げ

「観光地魅力創造事業」(2016年度分)での『九州枠』の創設および重点採択、「テーマ別観光による地方誘客事業」の九州関係事業の優先採択、温泉アイランド九州広域観光周遊ルートの形成促進のため観光地域復興の専門家チームを優先派遣、国内外への正確な情報発信と効果的なプロモーション実施

海外の旅行博で九州観光の魅力を発信

交通・観光事業者とも連携し大規模な九州国内旅行プロモーションを実施

九州各地での政府主催の会議等の開催と民間の会議主催者等への九州開催の要請

政府関連の機関や媒体を最大限に活用して九州の魅力を情報発信

観光施設や文化財の早期復旧支援

‌宿泊施設等から外国人旅行者を安全に避難誘導する『避難誘導マニュアル』作成と災害時に外国人旅行者向け情報発信を行う観光案内所に対する補助

日本政策投資銀行の主導による「九州観光活性化ファンド」や被災事業者における復旧等の取組みを加速させるための新たなファンド創設

‌復興を支える交通インフラの早期復旧、更なるアクセス強化を図る。復旧状況や開通時期等について観光地へのアクセスを支援するため分かり易く情報提供を行う

第一生命経済研究所経済調査部・主任エコノミスト。担当は、米国経済・金融市場・海外経済総括。1992年に日本総合研究所へ入社。1995年に日本経済研究センターに出向。1999年に丸三証券入社。日本、米国、欧州、新興国の経済·金融市場などの分析を担当。2001年から現職。この間、欧州、新興国経済などの担当を兼務。運用部門への情報提供、執筆活動、メディア出演、講演など多数。著書に『資源クライシス』(日本実業出版社:2012年)